お化け谷という場所を知っているだろうか。
シンオウ地方の何処かにあるとされていて、そこには都市伝説の如く様々な伝説があるとされている。
曰く、ここで昔凄惨な事件が起きたとされていること。
曰く、ここには呪われたポケモンが住むとのこと。
その場所は何処にあるかも解っておらず、科学が進んだ現代ですらコトブキシティの近くにあるとしか解っていない。そこには明確な行き方がなく、気付いたら迷い込んでいた……というのがよくあるケースらしい。
「おい、ダイヤ。これってもしかして……」
「どうしたのパール〜?」
「ポケッチの地図アイコンもなんだかおかしいですね……。これはいったいどういうことなのでしょうか」
コトブキシティの近くにある森を三人は歩いていた。
それぞれ、ダイヤモンド、パール、プラチナといい、図鑑所有者と呼ばれる存在である。
図鑑所有者とは、権威ある博士からポケモン図鑑を譲り受け冒険をする存在だ。昔では、遠いカントーやジョウトにも『先輩』は存在し、様々な事件を解決してきた。そのためか、図鑑所有者はいつしか英雄視されるようにもなり、図鑑所有者となることがステータスにもなっていた。
「とりあえずさ……、どうしてお化け谷なんかに行くんだ?」
「行くんだ、とは失礼な。ちゃんとナナカマド博士の命が出ているのですよ」
「確かにそうだがな……」
三人は、シンオウ地方のポケモン権威ナナカマド博士に命じられてここに来ている。理由はただ一つ。
――ここに住む『呪われたポケモン』を調査すること。
「しかしまぁ……『呪われたポケモン』なんて実在するのか? 聞いたこともねえぞ?」
パールが訊ねると、プラチナは何かの資料をバッグから取り出す。
それは古いノートのようだった。そこに書かれているのは、ある研究者の備忘録であった。その備忘録は箇条書きに一日の内容が一ページにまとめられているというもので、それを見る限りだと、呪われたポケモンに出逢ったのは彼がこれをまとめて十三日目のことらしい。
その後一週間ほど呪われたポケモンとのコミュニケーションが続いたらしいが、備忘録はそこで途絶えている。
「……『呪われたポケモン』とは言いますが、実際はポケモンですよ。そんな怖がらなくても大丈夫でしょう」
「そう言っているお嬢さんこそが一番身震いしている気がするんだが?」
「な、何を言っているのですかパール! そんなことはありえませんっ!」
そうは言っているがプラチナの表情はどことなく暗い。
「とりあえず……この状況をどう打開するか考えましょう」
「そうだな……ってダイヤ、どうしたんだ?」
パールはふとダイヤが何か遠くを眺めていたのに気になったので、訊ねた。
「見てみて〜、あんなところに建物があるよ〜」
ダイヤが指さしたその先には――小さな屋敷があった。
こじんまりとしたものだった。屋根のてっぺんには風見鶏がついており、風もないのにくるくると回っていた。
「おい……なんだか不気味だぜ……?」
「パール、怖いの……?」
「な、何言ってるんだダイヤ! 俺が、こ、怖いわけないだろ!?」
パールは狼狽えていたが、明らかにそれは慌てているようにも思えた。
屋敷の入口まで行くと、強い風が吹いた。
「こんな風強かったか……!?」
「わかりません。もしかしたらこれも『呪われたポケモン』によるものなのかも……!」
「…………って」
ここで、パールはあることに気がついた。
「なあ、お嬢さん。ひとつ気になることがあるんだが」
「奇遇ですね、私もです」
パールの問いに、恐らくプラチナも同じことを思っていたようだった。
「…………ダイヤはどこに行った?」
「…………ダイヤモンドはどこへ向かいました?」
二人のそばから、ダイヤの姿が消えていたのだった。
◇◇◇
「あれ〜……、どこに行ったのかな……」
そのころダイヤは一足先に屋敷の中に入っていた。
何故か?
ダイヤ本人に語ってもらうことにしよう。
えっとねー、お嬢様とパールと一緒に入ろうとしたらなんだか声が聞こえたんだよ。それで入ったらなんだか解らなくなっちゃったんだ。いったいさっきのは誰の声だったんだろう……。全然解らないや……。
ここまでで九十五文字である。
では、ダイヤが聞いた『声』とは何なのか。
「いったい誰の声だったんだろうなぁ」
ダイヤは自問自答するが、解らない。
解らないから、結局はとぼとぼと屋敷の中を歩くほかないのだった。
◇◇◇
そのころ、パールとプラチナ。
屋敷の中に入り、ダイヤと同じようにとぼとぼと歩いていた。
「いったい、ダイヤのやつ何処へ行きやがったんだ……?」
「ダイヤを責めるべきではありません。彼から目を離していた私たちにも責任はあります」
プラチナの落ち込んだ顔を見て、パールは答える。
「お嬢さんは考えすぎなんだよ。ダイヤはなんとかやってるだろうし。まあ……俺たちが見つけるまでなんとかしてると思うんだ」
「仲がいいですね」
「そりゃあ、な?」
プラチナの言葉に、パールは笑って答える。
そして、ふたりはまたゆっくりと屋敷の中を歩くのだった。
◇◇◇
そのころ、ダイヤはある明確な変化があった。
『――誰だ』
と、声が再び聞こえたのだ。
「誰? オイラはダイヤモンドっていうんだ」
ダイヤモンドは答える。
『……』
しかし、声は答えない。
「ねえ、オイラ。力になりたいんだ」
『……』
「君は誰なのか、オイラには解らない。解る訳もない。だけれど、もし苦しんでいるのなら、助けてあげたいんだ。ねえ、君はどこにいるの?」
ダイヤモンドの言葉に応えるように、目の前の扉が大きく開かれた。
そして、そこにいたのは。
全てを、黒で包んだポケモン。
それは――『ダークライ』と呼ばれる存在だった。
◇◇◇
ダークライは呪われたポケモンではなかった。正確には人間にそう呼ばれているだけで『彼』自身はそうだとは思っていなかった。
しかしながら、ダークライは悪夢を見せるポケモンである。
ダークライがいると、悪夢を見る。
あのポケモンは呪われているんだ――!
あのポケモンに近づいてはならない。
あのポケモンはこの世界にいる必要はない。
あのポケモンは――!
もう、ダークライは聞き飽きた。
そして、この世界に失望した。
そして、自分の存在意義を渇望した。
そして、自分に、自分自身という存在に絶望した。
だからこそ、理解できなかった。
なぜ自分は生まれたのか? なぜ自分は生きているのか?
必要とされているのか? だったら、何故自分は虐げられなくてはならないのか?
ダークライは、そんなあるとき一人のニンゲンと出会った。彼は研究者らしく、『呪われたポケモン』の研究をしていた。
ダークライは笑った。どうせそういうことか、と。
どうせニンゲンはそういう存在なのだ、と。
しかし、研究者はダークライをだき寄せ、つぶやいた。
「怖かったろう、もう大丈夫だ」
その言葉は、ダークライに一番必要とされていた言葉だった。
その言葉は、ダークライの凍っていたこころを溶かすには十分すぎる言葉だった。
そして、研究者にだけ、彼は心を許すようになった。
しかし、研究者はそれから幾日かすぎて死んでしまった。
ポケモンとニンゲンは永遠にともに過ごしていくことなど、不可能だ。
なぜなら、ポケモンの寿命は少なくともニンゲンより長いのだから。
◇◇◇
「……ひとりで、大変だったんだね」
ダイヤは今までのダークライのモノローグを聞いて、そう答えた。
『――わたしは「ニンゲン」を困らせる存在だ。そして、そんな存在などこの世界には必要ないのだ』
そう言うダークライの目は、どこか悲しそうにも見えた。
「それは違うと思うよ」
ダイヤは答える。そして、話は続く。
「きっと、その人はこう言いたかったんじゃないかなぁ。
――キミはヒトリじゃない
って」
ダークライはその言葉を聞いて、はっとした。
よくみれば、ダイヤには面影があったのだ。
ダークライに初めて優しく声をかけた研究者の姿が――。
『お前は……いったい何者なんだ。わたしが知るニンゲンの面影がある……』
「オイラはね〜」
そう言ってダイヤモンドはあるものを取り出した。
ポケモン図鑑。
そして、それは図鑑所有者であるという、証でもあった。
「ダイヤモンド、図鑑所有者なんだ〜。『感じる者』ってナナカマド博士が言ってたけれど、きっとこういうことを言ったんだと思うんだ」
『……ダイヤモンド、いい名前だな』
ダークライは口元を緩ませる。
『今までわたしはもう、ニンゲンには会わない方がいいと思った。あの研究者が死んでから、やはりニンゲンとわたしは共存すべき存在ではないと悟った。だが……私はニンゲンを怖がらなくていいのかもしれない』
「うん。ニンゲンは怖い人だっている。けれどね、ニンゲンもそういう人ばかりじゃないんだよ。怖い人だっているし、優しい人だっている。キミのことを、スキと思う人だって、きっとどこかにいるはずだよ」
『……』
ダークライはうつむく。
そして、ダークライはダイヤモンドに手を伸ばした。
それを見て、ダイヤモンドはその手を握った。
◇◇◇
「……ダイヤ、どこに行っていたんだ?」
「いろいろ忙しかったんだ〜」
「そうですか」
プラチナはため息をつき、先へ進もうとする。それを、ダイヤモンドが止める。
「お嬢様、この先には何もないと思うよ?」
「どうしてわかるのです?」
「うーんと……なんでだろう?」
ダイヤモンドは首をかしげる。それを見て、パールはくくっと笑った。
「まったく、お前らしいなダイヤ!」
「オマエラシイナー!」
パールの言葉をペラヒコ――ペラップが復唱する。
そして、モンスターボールのなかから、ダークライは見ていた。
『このトレーナーを……信じてみるのも、いいかもしれない』
その呟きは、ダイヤモンドたちに聞こえることはなかった。
おわり。
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