2017年06月24日

第二話

 イクスたちのいる世界には大きな壁がある。イクスたち人間はそれを『龍の境界』と呼んでおり、なぜその名前なのかといえば、それは彼らにも解ることではない。古い本を見ても曖昧なことしか書かれていないが、しかしこれだけは解る。

 それは、その向こうに『龍』が住んでいるということだ。しかし、その壁は余りにも高く、いくらその龍でも登ることなどできないだろうし、そもそもそれすらも寓話に過ぎず、実際に見たことのない人の方が殆どなのだから、信じない方が妥当だろう。

 そして、それを、提示したのがあの『安定化装置』だというのだから、やはりイクスは不信感を拭えない。

 そもそも、どうして何千年もこの世界を守っていた存在が、つい数年前になって一般に知られているようになったのか? という疑問が生まれてくる。

 それはやはり『不都合があったから、意図的に公開されたのではないか』という一つの推論が浮かぶ。

 そもそも、データが完璧である保障もない。保障もないのに、どうしてそれを鵜呑みにするのか、彼には信じられない。

「やっぱり……解らない」

 イクスはフォッコとともにアサメ村の畦道を歩いている。

「フォッコ、なあ、お前はどう思う?」

 イクスの質問にフォッコは首をかしげるだけであった。

「だよなあ……。俺がわからないのに、フォッコが解る訳はないか……」

 イクスの言葉にフォッコはイクスの足に鼻を擦りつける。

「擽ったいぜ。フォッコ」

 そう言って、ゆっくりと畦道を歩いて、彼は家へ帰っていく。


 ◇◇◇


 世界の中心に位置する、安定化装置を取り囲むようにゲヘナの塔はそり立っていた。

「報告を、していただこうか」

 ゲヘナの塔七十階にある『戴冠の間』で、ひとりの少年が独りごちっていた。

 壁から、声が現れる。

『――「希望の門」が完全に封印され、早幾年と経過した。しかしながら、真の平和は未だ訪れてはいない。どうすればいいのだろうか、と訊ねたく思ってだな』

「それで、僕に――か。面倒くさいなあ、本当に。まさか、僕が再び呼ばれるだなんて、僕自身にだって理解し得なかったよ。君はそれを予想していたかい?」

『いいえ、恐らくあなたと同じ立場ならば、私であっても驚いていたことでしょう。まさか、これほどにまでも早く、あなたの力をお借りすることになるとは……』

「だったらさ」

 少年は嘯く。

「……まずは芽を摘めばいい話なんだよね。なあ、そうだろう」

 同意を求めるように、少年は壁に手を当てる。

 壁は答える。

『そうだ。しかし、そう簡単にもいかないだろう。さりとて、この時代。いくら人間とはいえ、忘れえぬものとなっているのだ。それくらいは、君にだって知り得ている情報だとは思うのだが』

「ああ。確かに、そうだ。けれども、だ。人々は勇者という存在を最早信じてはいないそれに、世界というものは終焉することがないと勝手に信じて込んでいる人間すらいる。嘆かわしいことだ。少しは、考えてみれば解る話だというに」

『ヒトというのは、悪い方向にはあまり考えようとはしまいよ。進んで考えるなどというのは、しないものだ』

「そういうものかな」

『ああ、そうだ』

 少年は小さく微笑む。

 それは、誰に向けての微笑みなのかは――解らない。

「……ともかく、僕を呼んだのであれば好き勝手やらせてもらうよ。ったく、あんたも壁を媒体にするんじゃなくて、さっさと出てくればいいのに。どうして出てこないんだか。恥ずかしがり屋なわけでもないだろう?」

『そうでもないけど、面倒なだけだ』

 そうか、と少年が呟くと、壁から気配が消えた。

 少年はそれを見計らうように、そこから立ち去っていった。

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posted by 巫夏希 at 23:49| Comment(0) | 名のなき世界3
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